No Title

某所より丸コピ。

(2010年2月27日朝日新聞夕刊紙面より)

1956年11月8日、東京・晴海の桟橋に、南極観測船「宗谷」の出発を祝う8千人が集まっていた。出港の間際に群衆から見知らぬ女性が近づいてきて、隊員のポケットにいきなり子猫を突っ込み、こう言った。「この猫、一緒にいると縁起がいいんです」

動植物を南極大陸に持ち込むことは、現在は厳しく規制されている。「当時はのんびりしたものでした」。無線担当だった作間敏夫さんは振り返る。

南極に研究者を送る計画は55年春、朝日新聞社から始まった。57、58年の国際地球観測年(IGY)を記念し、大型船に科学者を乗せて南極を探検するアイデアだった。

企画は日本学術会議や文部省で検討されるにつれ「国家事業」の様相を帯びていく。ただ、55年にベルギーで開かれたIGY会議で日本が南極観測に名乗りを上げると、各国から大反発が起こった。第2次世界大戦からまだ10年。「また何か領土的野心を持っているのか」と邪推された。

そんな各国を、のちに1次隊隊長となる永田武東大理学部教授らが研究者の人脈を駆使して説得して回り、なんとか12カ国による共同南極観測に参加できることになった。

計画が発表されると、日本国民は熱狂した。後年、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞(49年)、水泳の古橋広之進選手の世界記録樹立(49年)と並び、「敗戦後、日本人を勇気づけた3大ニュース」とされるフィーバーとなった。

国民の熱意に押され、国家予算が1兆円程度の当時、政府は9億円の予算を組んだ。全国から4千万円の寄付が集まり、朝日新聞社は1億円を拠出した。京大教授の西堀栄三郎・越冬隊長は「南極越冬記」で「国民ぜんたいの強い支援がなかったら出来るものではない」と書いている。

灯台補給船を改造して砕氷船にした宗谷は、南アフリカのケープタウンを経て一路南極に向かった。57年1月24日に南極ホルム湾に到着。29日には東オングル島に上陸し、「昭和基地」建設を始めた。151トンの物資が運び込まれ、無線棟や発電棟などが次々に造られた。

宗谷離岸(2月15日)の前日、越冬が決まる。西堀越冬隊長は、医療、報道、観測、料理、犬ぞりなど10人の専門家を選んだ。そして、タケシと名づけられた子猫も、隊員全員に「懇願」され、カラフト犬とともに残った。

タケシは犬の餌をもらって食べながら、零下30度になっても元気に走り回って遊んだ。寝るときはいつも作間さんの寝袋にもぐり込んだ。作間さんは「極寒の中での厳しい作業や観測が続いたが、タケシの存在は、隊員たちにとって唯一の娯楽であり、癒やしとなりました」と話す。

58年2月11日。越冬隊が撤収準備をしている最中、天候が急に悪化し、「ただちに撤退だ」と命令が出た。沖で停泊する宗谷に向かう最後の軽飛行機が飛び立とうとしていたとき、作間さんはすんでのところでタケシを抱き上げ、機内に乗り込んだ。

この時、1年後に助け出されたタロ、ジロを含め、成犬15頭が残された。「奇跡の生還」は感動を呼んだが、置き去りにしたことで、動物愛護の観点から非難も浴びた。

日本に戻ったタケシは、都内の作間さん宅に引き取られたが、数日後、姿を消した。

数日後、姿を消した。

数日後、姿を消した。

数日後、姿を消した。


にゃんこ様のこーゆー「にゃに?世間?人の目?動物愛護?そんにゃもんどうでもいいにゃ」といった所がふぁじーは大好きであります。これが犬だったら「作間さん宅に引き取られ、十ン年生きた後に家族に温かく看取られてこの世を去った」とかいう吐瀉物みたいな美談になったりするんですよね、きっと。



一ヶ月近く間を空け、新年一発目という言葉を使うのも憚られる位に遅くなった新年一発目の記事がコレ。

小森純というテレビの中の人物が女性なのか男性なのかすら未だにわかってないふぁじーです。盛大に遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。
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by final-resistance | 2011-01-27 21:14 | Comments(0)

Malevolence of the Righteous by HOUR OF PENANCE

さて、新年一発目のCDが手に入りました。2枚で割引しかなかったので2枚だけ購入。どちらもついこの間発売されたばかりの最新作です。

DARK FUNERAL:Angelus Exuro pro Eternus
1993年というブラックメタルの黎明期から長年活躍している(割りにはフルレンスは5枚と少ないめ)な重鎮の6thフルレンス。

ふぁじーはMagus Caligula帝王の声が好きだ。ブラックメタルにありがちな、高く叫ぼうとするあまり線が細くなってしまっているへなちょこボーカリストなんかが束になっても敵わないような、野太く芯のしっかりしたドスの効いた絶叫と咆哮。このアルバムでも遺憾なく発揮されている(が、残念なことにこのアルバムがリリースされた2009年に脱退している。というか今はDrのDominatorもBaのB-forceも抜けて、GiのLord AhrimanとChaq molの二人が残るのみとなっている)。

多分スタイルは昔聴いた時から変わってないはず。鉄人Matte Modinの後任となったDominatorの豪速球ブラストビートに乗っかって、伝統的な、というかむしろEMPERORやDISSECTIONに次いで彼らが後続バンドに浸透させたといっても過言ではない北欧の大地に吹き荒ぶ吹雪のように美しくハモるトレモロリフ。

本家ノルウェジアン・ブラックメタルのような粘着質で底の知れないドス黒い邪悪さとはまた違う、ブラックメタル特有の寒々しく針のように突き刺さる美を体現したような、スウェディッシュ・ブラックメタル特有のもの(EMPERORはノルウェー出身だが)。

でも

聴いていても右から左に抜けるような感覚があるのは、ふぁじーのデスメタル耳が曲構成を単調であると切って捨ててしまっているせいであろうか。安心して聴けるというと聞こえはいいが、なんだか安定期に入った大御所に対する皮肉に聞こえなくもない。

何だか中途半端なファーストインプレッションとなったのであった。

HOUR OF PENANCE:Paradogma
対してこちらはゴリッゴリの超ブルータルな直球ど真ん中なイタリアンデスメタル(そんなジャンル聞いたこと無いけど)。前述のDARK FUNERALがそのまんまブルータル・デスメタルに入れ替わったような感じで、速くて激しくてテクくてかっこいいデスメタルには間違いない。



でもなぁ



ほんのちょっと前にHATE ETERNALを聴いたのが悪かったなぁ。



そのHATE ETERNALの速いとこだけを切り貼りしたような「とにもかくにもイチからジュウまでゴリゴリのリフでゴリ押ししよう」っていう心意気は全く悪くないんだけど、単純なクォリティは悲しいかな鬼才Eric Rutanの足元にも及んでいない。

加えて緩急ってものがほとんど存在せず、脇目も振らずに常時全速力でぶっ飛ばしていくので(それは特に問題とするところじゃないけど)DARK FUNERALのように右から左にすーっと抜けていくような感じが何度も見受けられる。

もうちょっと早めに入手していればよかった。一個前のアルバムが出た頃に手に入れようと思ってたんだけど、ぐだぐだと先延ばしにしてしまったおかげで微妙な感想を書かざるを得なくなってしまったアルバム。

ついこの間2010年ベストアルバムを作成する前にいろんなアルバムを聴きまくって耳が激音に慣れてしまったせいか、少々刺激が薄かった気がする。どちらも手に入れた時期が悪かったけど、2枚ともクォリティは高いのでヘヴィロテするに十分足る良盤です。
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by final-resistance | 2011-01-14 02:59 | Comments(0)

Artifacts Of The Great War by GOD DETHRONED

冬休みをいただきました。今日から三連休。おなかいっぱい音楽聴けるって、やっぱり幸せです。

そしてあけましておめでとう。

Defeatは5年目に突入しました。

ブログは5年足らずですが、デスメタルやらブラックメタルやらはブログ始める前から聴いていたので、もう7,8年の付き合いになります。あんな野蛮きわまりない音楽をほぼ毎日聴いてるので心身ともに以前より若干病んでると思います。あと絶対耳もおかしくなってる。

これからも10年、20年と長く付き合えることを願って、ブログもじんわりぼやぼやと続けていきます。

本年度もよろしくお願い致します。
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by final-resistance | 2011-01-13 04:18 | Comments(0)